社会を生き抜く知恵

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小説

時事問題をネタに小説を書いてみるシリーズ~とある不動産会社爆発編~

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店が爆発した理由

 「これが終われば、今日はとりあえず家に帰れるか…」
 幸田は、車の通りもまばらになった幹線道路を見つめて、目を細める。
 まだ12月初旬だが、手袋をしていない手はガチガチにこわばっていた。手袋をした方が
防寒対策には良いにきまっている。だが、手袋をするとどうしても作業効率が悪くなる。
 積み上げられた無数のスプレー缶の山を横目に、幸田は手袋をする訳にはいかなかった。

 いったい何をやってるんだ…俺は…

 店内からは先程から、やけに明るいクリスマスソングが順繰りに流され、それが幸田の心をざわつかせる。
 連日連夜の徹夜と、上司からの止まない罵倒で、頭の鈍痛は未だおさまらない。それなのに、毎日律儀にアパートを出て時間どおりに朝7時に職場に来れるのだから、人間とは。いや自分の意識とは不思議なものだ。これほど真面目に働ける根性が自分にあったとは・・

 幸田は、今年で30になる。この店での役職は店長だ。そう聞くと、幸田の人生は、うまく回っているかのように思える。だが、それは全てハリボテだ。そう今幸田がいるこの店のように。
 照明をふんだんに使った明るい室内、軽やかに流れるJポップソング。いつも笑顔を絶やさない積極。お客様一人ひとりに合った家探し。この店に来た客は、これから待ち受ける新生活を明るいものだと錯覚するだろう。

 だが、それはもろん虚飾だ。幸田は店長だが、部下はいない。入れ替わりが激しい不動産業、ましてや賃貸専門となれば、その目まぐるしさは凄まじいものがある。当時の面接官も別店舗の知り合いから聞いた話ではもういないらしい。
 幸田は、自分がこの会社に入る際に、面接官から言われた言葉を思い出していた。
 「大卒か・・大丈夫か」
 ボソっとその40代後半の目つきが鋭い面接官は誰に言うでもなく、つぶやいていた。幸田は当時はそのことの意味がよくわからなかった。
 今の時代、大卒が有難られるほどのものではないにせよ、マイナスに作用するものでもない。もっとも、幸田は、市内郊外の私大卒だから、そんなに誇れる学歴でもないのだが、全くFランというわけではない。
 あの面接官が言いたかったのは、「大卒出のそこそこ小賢しいやつが、こんな業種でやっていけるものかよ・・」と言いたかったのだ。幸田も今ではそう思う。入社前、不動産業に対しては、特段意識したことはなかった。ただ、学生時代に取得していた宅建の資格が活かせて、そこそこの給料を貰えそうだという単純な理由で入社したに過ぎない。

 入社した初日に悟った。ここで必要なのは、知性や理性ではない。ただ、体力とできる限り何も考えずにただひたすら動く馬鹿になることだ。幸田はそうなることができた、つまりある命令に対して疑問を持たずに実行することができた。これは、幸田にとっては驚きだった。
 幸田は自分は、それなりに理性的、インテリだと思っていた。卒業した大学もこの地方ではソコソコ名の通った学校だったし、勉強はそれなりにできた。大学時代に宅建を取ることができたのは、その小さな証左だろう。だから、同僚の大半が高卒だったり、大卒でもFランク出身ばかりだったのを知った際には、内心で優越感を抱いたものだ。

 「お勉強で学んだ小賢しい知恵なんて必要ないんだ!体力と忍耐力だけだ!必要なのは!」

 入社して、最初の上司の言葉が今も脳裏から離れない。幸田は、その言葉に当初反発していた。だが、今はその上司の言葉に全面的に賛成できる。こんな真冬の空のもと、ただひたすらにスプレー缶に穴を開ける作業を理性的な人間ができるハズがない。

 そうだ!俺のような気合が入った男しかできないんだ!!

徹夜明けの披露と極度のストレスに晒され、何重にも絡まり、朦朧とした意識の中で、幸田は奇妙な恍惚感に浸っていた。

 これが終われば・・明日は少しはマシになるはずだ・・だから後もう少し・・やり遂げるんだ・・

 突如、幸田の目の前に強烈な後光が射した。凍てつく寒さに手を震わせても、抗えない強烈な眠気をそのまばゆい光は一瞬で吹き飛ばした。頭がクリアになったのは、1秒にも満たない一瞬だった。1秒後、幸田は完全に意識を失っていた。

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